2011年5月31日火曜日

不安のしずめ方

不安で夜も眠れないとき。そういうときは、どのように祈ればいいのでしょうか。

夜、眠る前になると、だんだん顕在意識が薄れ、潜在意識が表れやすくなってきます。この時、潜在意識の表層付近にある、比較的新しい意識(刻印される手前の意識)が浮かび上がってくるためです。

浮かび上がってきた、刻印される手前の意識をもう一度意識下に沈みこませれば、いずれ潜在意識の深い所に刻み込まれ、刻み込まれた意識は、今後は容易に浮かび上がってくることはありません。これが刻印のメカニズムです。

ですので、明るい楽しい刻印がなされようとしているときは、夜、眠るときも明るい感情が沸き上がったり、なんとなくウキウキした気持ちで眠りにつく事ができます。

さて、では、不安が沸き上がって来たとき。

潜在意識の表層付近にある、刻印の一歩手前の意識が浮かび上がってきたのですから、やり方を間違えると、浮かび上がってきた意識を再度沈みこめ、刻印してしまう可能性があります。

不安が沸き上がってきたときは、不安を打ち負かすような、否定するかのような祈りは避けましょう。

「私は不安ではない」

「私は、この不安を乗り越える」

どちらも正しい祈り方に見えますが、どちらも『失う祈り』です。

「私は不安ではない」と祈る事は、「不安な私」に焦点が当てられ、ますます「不安な私」が刻印されます。

「私はこの不安を乗り越える」も惜しいところです。乗り越えることも大事ですが、「乗り越える」べき事象を具現化する可能性もあり、それを乗り越えないとあなたの不安は解消されない。そういう祈りになっています。より良い選択は、乗り越える事象はなくても解消できる事ですよね。

どちらも、「不安」が自分よりも「大きい」と認識しているため、このような祈りになってしまうのです。

「私は不安ではない」(私は不安より小さくない=私は今、不安より小さい)

「私は、この不安を乗り越える」(私はこの不安よりも大きくなる=今は小さいから、大きくならないといけない)


もう、お分かりですよね。

不安よりも大きくなって祈ればいいのです。

そのためには、どうすればいいかというと、『不安を抱きしめて下さい』

『不安を抱きしめて下さい』

沸き上がってきた不安の感情を受け止め、「そうだよね、いいよ」と肯定してあげましょう。

映像化してみましょう。

不安という小さな光があなたのまわりをフワフワ漂っているので、

あなたはそれを手にとって、胸に抱きしめます。そして一言つぶやきましょう。「そうだよね。でも、いいよ。大丈夫だよ」

その光は、あなたの胸に、スーッと吸い込まれていきます。

この映像化で、大きいのはどちらでしょうか。

あなたですよね。

不安で夜、眠れないとき。
『不安を抱きしめる』

一度試してみて下さい。

2011年5月30日月曜日

創世記 口語訳

はじめに神は天と地とを創造された。

『地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。』

神は「光あれ」と言われた。すると光があった。

神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。

神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。

神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。

そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。

神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。

神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。

神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。

神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。

地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。

夕となり、また朝となった。第三日である。

神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、
天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。

神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。

神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、

昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。

夕となり、また朝となった。第四日である。

神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。

神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。

神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。

夕となり、また朝となった。第五日である。

神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。

神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。

『神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。』

『神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。』

『神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。』

『神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。』

また地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。

『神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。』夕となり、また朝となった。第六日である。

こうして天と地と、その万象とが完成した。

神は第七日にその作業を終えられた。『すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。』

神はその第七日を祝福して、これを聖別された。『神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。』

これが天地創造の由来である。主なる神が地と天とを造られた時、

地にはまだ野の木もなく、また野の草もはえていなかった。主なる神が地に雨を降らせず、また土を耕す人もなかったからである。

『しかし地から泉がわきあがって土の全面を潤していた。』

※『』部分は、当ブログ著者による加筆。潜在意識の性質、具現化のプロセスと酷似している箇所。

こっそり行う

潜在意識の仕組みを利用した裏技をご紹介します。こんなやり方もあるよ、程度の理解で構いません。

それは、『こっそり行う』という事です。

聖書には「あなたの右手の善行を左手に知らせてはいけない」と、あります。

これは、善行を行うときは、これ見よがしに行ってはいけない、という意味と捉えられています。

潜在意識の仕組みからいくと、少し解釈が違います。

私が、なぜ善行を『こっそり行う』ことを勧めるかというと、

後から、大きな見返りを期待できるからです。

見返り、と表現するとイヤラシイ感じがしますが、そういうことです。

潜在意識には具現化の作用の他に、『入力と出力』があり、入力がそのまま反ってくる『反射』という作用があります。

人に何か感謝されるような事をあなたがしたとします。

あなたのした行為によって反射するものは、相手からの感謝です。

あなたが相手からの反射を受け取った時点で、入力と出力が等しくなります。この入力と出力が等しくなった状態が『ゼロポイント』で世界はこの『ゼロポイント』を真ん中に、入力と出力を繰り返し、エネルギーはなるべく『ゼロポイント』であろうとします。

『こっそり行う』は、この『ゼロポイント』を逆手にとります。

あなたが入力を行い、その後、反射が起きないようにするのです。

先ほどの例でいくと、あなたは、相手に気づかれないように、善いことをする(入力)。

相手は、あなたの善行に気がつかないため、反射が起こらない。

あなたの善行は入力(プラス)のまま、存在する。

要するに、相手からの「お返し」を、受けないような状況をわざと作るのです。相手から感謝なり「お返し」を受け取ってしまうと、あなたの入力がその時点で『ゼロポイント』になってしまうのです。

それが本来のあるがままの世界なのですが、

あなたがこっそりと善行をし続け、その行為に対する「お返し」を受け取らなかったら、どんどん入力はプラスに積み上がり、あなたの魂の許容点を越えたあたりで一気に返ってきます。

面白い仕組みですよね。

その人が気づかないところで、その人の助けになることを行う

本人の居ないところで、その人を褒める

その人のために、祈る

こういったことを、『こっそり行う』事が、あなたの人生に、どれだけの素晴らしい「お返し」が返ってくるか、どうぞ、あなた自身で試してみてください。ちょっと、びっくりしますよ。

なお、これは悪いことを「こっそり行う」場合にも当てはまります。ご用心を。

他者への行為と祈りの関係

「行動は祈りになる」にも書きましたが、行動は強力に潜在意識に刻印します。

行動の一つに、他者への行為があります。これも行動なのですが、一味違った作用があります。

あなたが他人を気遣い、優しい行為をしたとします。この振る舞いは、あなたの潜在意識に「人に優しいあなた」を強力に刻印します。刻印は具現化され、ますます優しいあなたになっていきます。すると、あなたはあなたが意識しなくても、自然と優しい気遣いが発露されるようになり、また強力に刻印され、それがまた具現化し…と、良い方向にぐるぐると循環します。これは『正のスパイラル』です。

逆に、あなたが他人の悪口を陰で言ったとします。その行為は潜在意識に「人の悪口を言う自分、人を批判しないと自分を保てない自分」を強力に刻印します。それはやがて具現化し、あなたはますます、人の悪口をいうようになります。具現化の作用により、あなたは悪口と意識せず、人の悪口を言えるような人間になっていきます。それがまた刻印され、どんどん人の悪口を平気で言えるような人間になっていきます。お分かりのように、これは『負のスパイラル』です。

情けは人のためならず

人を呪わば穴二つ

これは道徳を説いた言葉ですが、潜在意識の仕組みから見ても、正しい事を言っています。

明るく思いやりのある建設的な行為は、あなたの人生に『正のスパイラル』を起こします。

『正のスパイラル』を起こすような行為を常に意識しましょう。

他人を羨ましいと思うときの正しい祈り方

あなたは他人を羨ましいと思った事がありますか。

羨望という感情は自然であり、決して醜いものではなく、また忌むべき感情でも無いのです。

羨望という感情があるからこそ、そのようになりたいという感情が芽生え、成長になります。羨望という感情があるからこそ、そうなりたいと努力するのです。だからむしろ、健全であり、歓迎すべき感情であると言えます。

避けるべきは「嫉妬」です。羨望は嫉妬に変化する場合があり、嫉妬は避けるべき感情です。

嫉妬は、相手から奪おうとする感情です。相手から奪おうとする事は、「自分に無い」という事を潜在意識に刻印する事と同義です。

嫉妬は、「奪わなければ得られない」と考える事から生まれる感情です。

羨望は、「彼(彼女)と同じように得られます」と考えます。

つまり、他人に恵みを与える愛なる存在は、あなたにも同じように恵みを与えて下さいます。そのように考えること。あなたは他人から奪う必要はなく「私も下さい」と素直に祈り求めればいいのです。

祈り求めるものが与えられる世界。素晴らしいと思いませんか。イエスはこれを『天の国』と表現しました。

さらに、こう言っています。『なんびとも、幼な子のようにならなければ、天の国に入ることはできない』

幼な子のように素直に、あなたのものとされた恵みを惜しみなく与えて下さる愛なる存在に祈り、求めましょう。

絶対に破綻せず、絶対に元本割れしない銀行

絶対に破綻せず、絶対に元本割れしない銀行なんて、あると思いますか。実はあるのです。

それは、強盗も入ることのできない場所にあります。

この銀行はあなたの内側に備わっている、無限の創造力をもった存在の事です。いわば『無限の創造力銀行』とでも言うことができます。もし、あなたが無一文になっても、いつでもどこからでも富を引き出すことができます。そして時間外だからといって、引出し手数料が割り増しされることもありません。

あなたがビジネスで成功したとします。あなたは巨万の富を得た。しかし、ある日、突然のアクシデントによって、それらの富を失ったとします。

あなたは悲嘆に暮れるでしょうか。

いいえ。悲嘆する必要などありません。あなたは、あなたの内側に備わっている『無限の創造力銀行』から、再度、富を引き出せばよいのです。愛なる存在が、あなたのために用意した無限の銀行口座から、あなたのものとされている無限の富を引き出すだけでよいのです。

あなたは、あなたのビジネスを成功に導いたノウハウと心構えを持っているはずです。そして無一文になっても、それは失われずに、あなたの内側に存在しているはずです。

あなたがこれまでの人生に積み重ねてきた心構え、つまりあなたが自分自身に語りかけてきた言葉、それに伴う行動、そこから得たノウハウはすべて、あなたの内側に存在する『無限の創造力銀行』に積み立てられていたのです。ここばかりは、強盗が押し入れない場所であり、破綻も、積み立てたものが元本割れすることも、無いのです。

あなたは今までやってきたように、再度、祈りの力を働かせ、あなたの望む世界を創造すればいいのです。

すでに一度はやってきたことなので、あなたにとって難しい事は無いはずです。

むしろ、一回目よりも、より洗練され、効率的に再創造できるかもしれませんね。

天地創造のたとえ

聖書には、天地創造について書かれた記述があります。それを神話と受け止めるかそうでないかは、もちろん各自の自由ですが、潜在意識の具現化のプロセスと重ね合わせると不思議な共通点があります。

まさに、天地創造のプロセスと潜在意識の具現化のプロセスは、同じとも言えるのです。

聖書は、現在よりも遥か昔から、人に備わった創造の力を認識しており、それを神話の形にして伝承してきた。

そのように考えられないでしょうか。

ヨハネによる福音書には、『はじめにことばがあった』から始まる有名なくだりがあります。

『ことばは神と共にあった』

言葉は、それを表す存在の表現で、そこに秘められた創造力を示した表現です。

神は、望むままに世界を創造していきます。『見よ、それは素晴らしいものであった』

そして神は七日目に、休みます。

ここ、不思議に思えませんか?

まさか、神が働きすぎて疲れてしまった、なんて事、考えにくいですよね。

これはまさに『具現化の安全余裕』のことを表現しています。

昔は、『潜在意識に刻印されたものが、物理世界に具現化するためには、少し間隔が空くんだよ。安全のためにね』というような表現は書けなかったため、『神が休んだ』という表現を当てはめたと考えられます。

実際に、私たちが望む事を具現化する時は、祈りの後、少し、祈りから離れる事が肝心です。「受け取る決意と選択をする」でも書きましたが、祈りの入力から出力にプロセスが変わるために一度入力を終わらせなければなりません。これが『七日目に休む』ということです。

延々と祈るのではなく、祈りにメリハリをつけましょう。

2011年5月29日日曜日

気づきを届ける

これまで、『具現化の発火点』ということを言ってきました。今回は、詳しく話をしてみます。

『具現化の発火点』は、潜在意識に刻印された祈りが、実際に具現化し始めるスタート地点です。

ちなみに、「祈り」は、あなたの「行動」と、あなたの「自分自身に対する語りかけ」のことでしたね。

「自分自身に対する語りかけ」をコントロールするために、『祈りの映像化』や『祈りの単語化』という方法を用いるとも話しました。

さてここで。

祈りにより、潜在意識に刻印がなされました。潜在意識に刻印されたことは、遅かれ早かれ、物理世界に具現化します。

「遅かれ早かれ」という点がポイントです。どういうときに遅く、どういうときに早いのでしょうか。

これは、『具現化の発火』がいつ起こるか、ということを意味します。そしてその場所が、『具現化の発火点』なのです。

望ましい事が刻印されたら、それは早く具現化してほしいですよね。

『具現化の発火点』とは、『実感』のことです。実感とは、「受け入れること」です。「ああ、ほんとうにそうだなぁ」と心の底から実感の感情が湧き上がること。

ごめんなさい、と言葉に発しただけでは、「ごめんなさい」は具現化しません。

心の底から申し訳なく感じながら発する「ごめんなさい」だからこそ、具現化します。

ありがとう、と言葉に発しただけでは、感謝は具現化しません。

心の底から「ありがとう!」という感情が湧き上がっているからこそ、その実感によって「ありがとう」が具現化します。

このあたりは、非常に大事なことですが、皆さんは既にお分かりですよね。

『愛なる存在は、あなたが実感して、受け入れないことは、具現化しないのです』

愛なる存在は、あなたが、あなたの意思で受け入れていないことは、ひとつも具現化しません。

ただし、あなたが、あなたの意思で受け入れたことは、必ず具現化します。

ここは、気をつけるべき点です。あなたが真実だと受け入れていることは、あなたにとって好ましいことであれ、そうでないことであれ、具現化してしまうのです。

あなたが、「人生とは苦しみだ」と、それが真実だと受け入れていれば、その考えは『自分への語りかけ』であり、潜在意識に刻印されます。そして、「ほらやっぱり人生は苦しいことばかりだ」と実感したとき、それは『具現化の発火点』となり、次々と、あなたが真実と受け入れてきた「苦しみ」が具現化します。

『具現化の発火点』は、実感し、心に受け入れることです。

あなたの魂の方向性、あなたの望む方向性に一致した刻印を行い、その後は、その刻印を実感し、受け入れることが具現化のスタート地点『具現化の発火点』です。

ここで、お気づきの人がいらっしゃるかと思います。具現化は、

刻印→「実感、受け入れ」→具現化の発火→具現化

という流れになりますが、「実感、受け入れ」の部分は、外部からもたらされることが多いのです。

大事なことですので、念のため、もう一度いいます。

「実感、受け入れ」の部分は、外部からもたらされることが多いのです。



「私は愛されている」

こういう刻印をしたとします。

「私は愛されている」ことが具現化するために、「実感、受け入れ」という『具現化の発火点』が必要です。

「私は愛されている」ということを「実感、受け入れ」る時は、どんなときでしょうか。

霊的な直感を以って、「神様からの愛」を感じる方も多いでしょうか、「自分以外の誰かから愛されることによって」実感することもまた、多いのではないでしょうか。

ここに、愛なる存在の、不思議な思いやりがあります。

『刻印は自分自身で行い、実感は自分以外からもたらされ、それを自身の自由意志によって受け入れたとき、あなたの祈りは具現化する』ということです。

ここも、とても大事なので、もう一度いいます。



『刻印は自分自身で行い、実感は自分以外からもたらされ、それを自身の自由意志によって受け入れたとき、あなたの祈りは具現化する』



簡単に言うと、『具現化の発火点』は自分だけでは起こしにくいようになっているのです。

自分ひとりの力だけでは、具現化しにくいような『仕組み』に、愛なる存在が備えたのです。

それは、私たちが、私たちの望む世界を創造するために、助けあうようにするためです。

だって、そうですよね?

自分の望むことを、自分ひとりだけでパッと具現化できたら、この世界に他人が存在する必要がないんです。

私が刻印する、誰かが実感を与えてくれる、それを私が受け入れる、具現化する。

だからこそ、私たちは独りではないんです。

古代においては、私たちは自然と近い位置にいて生活していまいしたから、恵みと感謝の実感は自然が与えてくれたことも多いかと思います。それが自然崇拝(精霊崇拝)になったという事も、間違いないでしょう。

今は、そういったことが難しいということもありますし、魂の要求が細かくなってきて、どうしても他人から与えられる実感が必要な場合もあるのです。

「私は愛されている」

この刻印が具現化するためには、最初に誰かが愛を届けてくれる必要があるのです。それは、他ならぬ、自分以外の誰か、なのです。

以前、「愛を表現する」という事を話しましたが、こういうことなのです。「愛を表現する」ことは自由意志に任されていますが、やったほうがいいというのは、こういうことなのです。

誰かが、誰かの『具現化の発火点』になってあげる必要があるのです。そして、誰かの具現化が起こるからこそ、あなたのために誰かが『具現化の発火点』になってくれるのです。

すばらしい仕組みだと思いませんか?

もうひとつ。

あなたが、「人生は苦しみだ」という刻印をしてしまったとします。あなたは、本当は「人生は苦しみだ」なんて信じたくないのですが、理由あって、そのように刻印してしまったとします。

ここで

あなた以外の、誰一人としてあなたに「人生は苦しみだ」という実感を与えなかったら、あなたのこの刻印は具現化しないのです。誰かが、あなたに「人生は苦しみだ」と実感させる『具現化の発火点』にならなかったら、この刻印は具現化しないのです。

しつこいようですが、ここも大事なので、もう一度言います。


誰かが、あなたに「人生は苦しみだ」と実感させる『具現化の発火点』にならなかったら、この刻印は具現化しないのです。


すばらしい仕組みだと思いませんか?

愛なる存在は、ここまで考えて、仕組みを備えてくださっているのです。

そうなると、私たちがすべきことは、自然と明らかになってきます。

自分自身に対して、好ましい刻印をする。これは、祈りについて話してきた内容ですね。

次に、自分が誰かの『具現化の発火点』になってあげること。

そして、その『具現化の発火点』は、明るくて、誰かの幸せの具現化になるような「その人の魂の方向性に一致した」実感を与えること。

これは、とりもなおさず、『気づきを届ける』ことに他なりません。

そして、あなたのための『気づき』(実感)は、誰かが必ず届けてくれます。

8対2の法則(パレートの法則)

8対2の法則というものがあります。これは、パレートの法則とも呼ばれます。

私は、この法則は真理を表していると確信しています。

『経済において、全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部の要素(全体の約20パーセント)が生み出している』

売上の8割は全顧客の2割が生み出す。

商品の売上の8割は、全商品銘柄のうちの2割で生み出す。

売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出す。

仕事の成果の8割は、費やした時間全体のうちの2割の時間で生み出す。

プログラムの処理にかかる時間の80%はコード全体の20%の部分が占める。

全体の20%が優れた設計ならば実用上80%の状況で優れた能力を発揮する。

とくに、最後の3つは、実体験でも経験していますし、仕事柄、とってもしっくりくる内容です。

霊的な世界でも、これが当てはまります。なぜなら、物理世界と霊的世界は、おたがいに関与しあっていて、重なり合う世界だからです。

あなたの行動、自分自身に対する語りかけ、これらは「祈り」として潜在意識に刻印されます。

しかし、あなたの人生の方向性を決めるのは、これらの「祈り」のうち2割の部分なのです。

原理的には、潜在意識に刻印された全てが具現化するものなのですが、愛なる存在が『具現化の安全余裕』という仕組みによって、その全てがいきなり具現化しないように備えてくれています。(好ましくない刻印によって、いきなりそれが具現化したら、困りますよね)

ですので、あなたの祈り全体のおおむね2割(20パーセント)が、あなたの人生に表出してきます。

あなたの行動と、自分自身に対する語りかけにおいて、上位20パーセントはどのようなものですか?

あなたの魂の方向性と一致していますか?

あなたの望む方向性と一致していますか?

あなたの行動と、自分自身に対する語りかけにおいて、上位20パーセントを、あなたの魂の方向性、あなたの望む人生と一致させましょう。

あなたの住む世界が変わることは、世界全体が変わることに他なりません。

すべての人が、各自の魂の方向性に一致した世界を具現化すれば、それは、全世界がすべての魂の方向性に一致することになります。

パレートの法則に則れば、全体の魂のうち2割が、そういう方向性に向けば、あるとき一斉に、魂全体がその方向に向き始めます。

『全体のうち、たった2割が全体の方向性を決めます。私たちが、そのたったの2割であれば、世界、地球を変えることができます。メッセージを伝えてください。』

どのように祈ればよいのかわからないとき

当ブログでも紹介していますが、聖書の『詩篇23篇』、『聖フランチェスコの祈り』は個人的にお勧めします。

それほど長くないものですので、暗記してしまいましょう。もちろん、私も暗記しています。

私は、朝の通勤電車の中で暗唱しています。

最初は、ただ、なんとなく暗唱していたのですが、続けていくと、祈りが溶け込んでいく、というか、

単純に暗記した文章、というものではなく、祈りが血と肉になっていきます。単なる文章だった言葉に力が宿り、感情がこもるようになります。

私の実体験として、この祈りを欠かさない時は、トラブルが少なく、忙しくなって祈ることを忘れてしまうと、やがて私生活にトラブルが立て込んでくるようになります。不思議です。

(「忙しい」の「忙」の字が、心を亡くす、と表しているのは不思議な一致ですね。)

祈りの力は、実際なのです。

特に、詩篇23篇はお勧めです。というのも、求められる水準が高くないからです。

愛なる存在は、私を導いてくださること。

愛なる存在は、安らぎを与えてくださること。

愛なる存在は、守ってくださること。

詩篇23篇は、このような内容を表現を変えて祈っています。

『聖フランチェスコの祈り』は、私のような凡人からすると、かなり求める水準が高いです。正直に言いますと、「レベル高ぇ~」と、祈りのとおりにできない心の葛藤が起こったりします。

ですので、祈りの内容は無理のないようにしましょう。

大事なことは、祈りによって、『幸せの実感』が起こることが何よりも大事なのです。心の葛藤が起こるような祈りは避けましょう。

聖フランチェスコの祈り

私達をあなたの平和の道具としてお使いください。

憎しみのある所に愛を

争いのある所に許しを

分裂のある所に一致を

疑いのある所に信頼を

誤りのある所に真理を

絶望のある所に希望を

闇に光を

悲しみのある所に喜びを

もたらすものとしてください

慰められるよりも慰めることを

理解される事よりも理解することを

愛されるよりも愛することを

私が求めますように

私達は与えるから受け

許すから許され

自分を捨てて死に

永遠の命にあずかるのですから

詩篇23篇 主は我が牧者 口語訳

主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。

主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。

主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。

たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。

あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。

あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。

わたしの杯はあふれます。

わたしの生きているかぎりは/必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。

わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。

2011年5月27日金曜日

行動は祈りになる

『祈りの映像化』は、潜在意識に強力に刻印しますが、さらに強力に刻印する方法があります。

それは行動です。

あなたが優しい人になりたい、と望んだとします。あなたは祈りの中で、人に対し優しく接している自分自身の姿をありありと映像化します。この事が具現化するのだと思うと感謝が沸き上がり、結果を受け取る決意と選択をし、祈りを終えます。

さて、日常に戻り、あなたが一日の仕事を終え、疲れて電車に乗ります。あなたが座っていると、御老人が乗ってきました。

今日のあなたは、とても疲れていたので、御老人に席を譲らず、駅で降りるまで、ずっと座っていました。

潜在意識には一分一秒、全てが記憶されていきます。あなたがした行為も、全てもらさず記憶されます。そして、潜在意識には、席を譲らなかったあなたの行動が強力に刻印されます。

潜在意識から見ると、祈りでは「優しい人になりたい」と祈っていたのに、実際の行動が違うので、果たしてどちらが、あなたの望む方法なのかが分からず、具現化できなくなってしまいます。


御老人に席を譲りましょう、という道徳的な事が言いたいのではありません。それも大事なのですが、祈りにおいて大事な事は、あなたの祈りの内容と、あなたの行動が一致する事なのです。

あなたは、あなたが祈り求める内容と一致するように『かの如く振る舞う』事が大事です。

あなたが経済的に豊かになりたいのならば、そのように祈り、まるで経済的に豊かであるように振る舞いましょう。

お金持ちになりたいと祈りつつ、コインパーキング代を浮かせたくて路上駐車をしてはいけません。

潜在意識には「路上駐車しなければならないほど、お金が無い」という内容が行動によって強力に刻印されてしまいます。

潜在意識には「お金が無い自分」が刻印されますので、お金が無い自分を具現化します。

すると、駐車違反で切符を切られ、コインパーキング代以上のお金が出ていく事になり、きちんと「お金が無い自分」が具現化されます。これは、恥ずかしながら私の実体験です。

祈りの内容とあなたの行動を一致させましょう。

『祈りの行動化』は『祈りの映像化』よりも強力に潜在意識に刻印します。実は、文章や単語や映像で祈らなくても、『かのごとく振る舞う』行動だけで潜在意識には刻印され、具現化されます。

生き方、振る舞い、行動が、その人の魂の方向性と一致していれば、その人の行動が祈りとなり、その祈りの結果が次々と具現化します。これが『悟りの境地』で、その人の行動一つ一つが魂と一致して働くようになります。

またこの『行動と魂の方向性の一致』が聖書にある「主の祈り」の

『御心が天で行われるように、地にも行われますように』

という祈りの意味なのです。

放蕩息子のたとえ

聖書には、「放蕩息子のたとえ」があります。これは、ある金持ちの家に兄弟がいて、

兄は非常に真面目で父親の言うことをきちんと守り、勤勉でした。

弟は、そうではなく、いきなり父親に、自分が相続する財産を要求します。そして家を出ていってしまいます。

この息子は、その財産で放蕩の限りを尽くし、やがてお金が尽きてしまいます。

羽振りの良いときは、あんなに集まってきた人達も、金が尽きたと見るや、どんどん離れていき、最後には誰も居なくなりました。

頼る人も無く、金も尽きた彼は、ほとほと困り果て、ついに家に帰る決意をします。

ただ、自分勝手に出ていったのですから、息子としてではなく、「家の使用人として」置いてもらおうとまで考えたのでした。

彼が家に向かうと、彼の父親は、まだ彼の姿が見えないうちから彼を見つけ、

駆け寄って、大喜びし、家に迎え入れ、豪華な着物を着せて、豪華な宴会を開くのです。

兄が言います。「なんで弟には、こんないいことをするのですか。私には、して下さらないのに」

父親は、こう言いました。『あなたも一緒に祝おう。なぜなら、失われたものが見つかり、帰ってきたのだから』

もうお分かりだと思いますが、この父親は、神のことです。愛なる存在は、あなたのことを、このように想っています。

あなたが間違った方向性に気がつき、正しい方向性に向き直すとき、

愛なる存在は、まだあなたが見えないうちからあなたに気付き、駆け寄り、あなたを歓迎し、あらゆる良きものを与えてくれるのです。

愛なる存在は、あなたが向き直る事を、今か今かと、待ち焦がれています。

罪とは

霊的な意味での罪とは、『間違った方向性』の事です。

犯罪や過ちの事を指すのではなく、方向性の間違いが罪なのです。

それでは、何が正しい方向性なのかというと、愛に根差したもの、あなたの魂の目標とするもの。

これが正しい方向性なのです。この方向性にあなたが向いていないとき、それが「罪」だと霊的な世界では表現されるのです。

安心して下さい。「罪」は許されます。何度でも許されます。そして悔い改めればよいのです。

あなたが、あなたの望む方向性に向いていないと気がついたら、その都度、向き直せばいいのです。選択し直せばいいのです。

愛なる存在は、喜んであなたに協力し、あなたに必要なものを直ちに用意し始めてくれます。あなたは、受け取る決意と選択をして、楽しみに待ちましょう。

愛なる存在にとって、あなたが正しい方向性に向くことは、この上ない喜びなのですから。

好ましくない刻印をしてしまったとき

『得る祈り』によって、潜在意識に、あなたが望むべき刻印をしましょう。

とはいっても、人間ですから、好ましくない刻印をしてしまう事が、誰にでもあります。

また、このメッセージを聞く前に、知らずに好ましくない刻印をしてきてしまった、というのも無理もない話です。

一度、潜在意識に刻印されたものを消す事はできません。それは良い面とも言えますし、悪い面とも言えますね。

では、どのようにすればいいかと言うと、『刻印の上書き』を行います。

実際は上書きではないのですが、具現化する事をすり替えてしまうのです。

選択のやり直し、とも言えるかもしれません。

今、あなたが不本意な状況にある時。それは、過去に潜在意識に刻印された事が具現化しつつあることの証明です。ただ幸いにも、決定的な具現化に至っていないのですから、まだ「やり直し」が可能です。これは『具現化の安全余裕』という、あなたを愛する存在が、あなたを守るために備えた仕組みでしたね。

あなたは、今の不本意な状況をまず認識して下さい。そして、今の不本意な状況は、過去に潜在意識に刻印したものが具現化しつつあることを理解します。そうしたら、「私は新たな選択をします」と心の内で、高らかに宣言します。

後は、単語化なり映像化なり、心の葛藤が起こらない方法で、明るく望ましい『得る祈り』を行います。

最後に感謝を表明し、祈りの結果を受け取る決意と選択をすることを宣言して、祈りを終えます。

これで『刻印の上書き』は、なされました。

ちなみに『刻印の上書き』によって刻印された事にも、『具現化の安全余裕』が働きます。「選択し直しの取り消し」をしたいときも、無いとは言えないため、いきなり具現化したりはしません。

ですので、状況があなたの望む方向に転換し始めるのに、少し時間差があるかもしれませんが、信頼して待ちましょう。

「悔い改める」とは、正しくは、こういう事なのです。過ちを後悔し反省する事ではありません。それも大事ですが、「改める」事がもっと大事な事であることは、お分かりですよね。

過去の刻印は不本意なものだと理解し、新しい刻印に改めることです。そうすれば、状況は、緩やかですが確実に変わり始め、新しい世界が具現化します。

~してはならない、ということ

有名な、モーセの十戒があります。モーセは旧約聖書の預言者で、シナイ山で、神からの神託を受け、それを石板に刻み残したものが、モーセの十戒です。

これは、私たちが守るべきもの「律法」または「戒律」であるとされてきました。十項目にわたる戒めは、ほとんどが「〜してはならない」という表現になっています。

あなたがたは、盗んではならない

あなたがたは、殺してはならない

あなたがたは、姦淫してはならない

あなたがたは、父母を敬いなさい

既にお気づきだと思いますが、これらは「失う祈り」に似ていませんか。

愛なる神は、本当は、こう言いたかったに違いありません。

あなたがたは、生かしあえる存在です。(だから、殺してはならない)

あなたがたは、豊かな存在です。(だから、盗んではならない)

あなたがたは、愛し合いなさい。(だから、姦淫してはならない)

あなたがたは、父母を尊重する存在です。(だから、父母を敬いなさい)

伝承の過程で抜け落ちてしまったのかどうかは分かりませんが、とにかくこういうことなのです。

あなたはもともと豊かな存在であり、それを思い出し、それを望み、祈るならば、愛なる神はそれを与えてくれるのですから、あなたは他人から奪わなくてもいいのです。

2011年5月26日木曜日

あなたが選択しないとき

人生は一分一秒、選択の連続です。昼御飯は何を食べようか、という些細なことから、どのように生きるか、というような大きな事まで、人生は常に選択の連続です。

昼御飯はともかく、あなたの人生の目標や価値観、人生観について選択しない場合は、何が選択されるでしょうか。

こういった場合、あなたの選択をコントロールするのは、潜在意識の中にある『他人の意識』です。

私とあなたとは、潜在意識と超意識と神性とで繋がっていて、それらは共有されています。

(この共有のおかげで、共時性の事柄が起こったり遠隔治癒が起こったりします)

他人と潜在意識から下の部分で共有しているために、あなたが選択しないとき、選択するのは、『あなたに近い誰かの意識』があなたの代わりに選択します。

その選択が、あなたにとって好ましい場合は問題になりませんが、好ましくない場合は困ったことになります。

ですから、あなたの人生において、あなたが大事だと思う事については、しっかり自分で考え、自分で選択しましょう。


幸せとは何か、答えて下さい。

この問いに、あなたなりの回答を返す事ができる人は、あなたなりの幸せについて、あなたの基準で判断し、選択しています。

その選択に見合う幸せを手に入れるでしょうし、すでに手に入れているかもしれませんね。

でも、この問いに答えられない方は、あなたなりの幸せ、あなたの望む幸せは得られません。

あなたが幸せについての選択をしないならば、あなたの選択は潜在意識下の『他人の意識』によって選択されます。

幸せについて選択基準を持たないとき、他人の意識の選択基準が働きます。

『なんとなくこうだから…』

『そんなものじゃない?』
このような、「自分で決めた訳じゃないけど、世間一般的にはそう考えたり、そうする」という選択基準は『他人の意識』によるものです。

あなたの人生の選択基準を『他人の意識』に任せてはいけません。

2011年5月25日水曜日

受け取る決意と選択

ここまで、祈りの具体的な方法について、話しました。

真面目な皆さんの事ですから、正しく単語化したり、映像化したり、『得る祈り』をしっかり実践していることと思います。

ここで、大切な事を伝えます。

それは、『受け取る決意と選択をする』ということです。

真面目なあなたはきっと何分でも何時間でも正しく祈ることでしょう。

でも、残念ながらそれだと祈りは完成しません。

祈りの完成とは、具現化が始まること、といえますが、祈るばかりでは一向に具現化しないのです。

具現化しないというよりは「具現化したくてもできない」というほうが正しい。
祈りはいわば「入力」で、具現化は「出力」といえます。

正しい入力があるからこそ、正しい出力があるのですが、延々と入力していては、いつまでも出力の作用に移行できないのです。

潜在意識は、祈り(入力)を聞き終えてから、創造のプロセスに入り(ここのプロセスは瞬間)、トリガー(具現化の発火点)により、物理世界に具現化(出力)します。

きちんと出力の作用に移行するために、祈りは、ここが祈りの終わりであることを明確に宣言しなければなりません。

この祈りの終わりの宣言がなければ、潜在意識はそのまま祈りの続きを待つ「待ち受け」状態になってしまいます。

祈り方も心構えも間違いないのに、一向に具現化しないときは、祈りの終わりを宣言したかチェックしてみて下さい。

祈りの終わりの宣言方法は、単純に、終わりを宣言するだけで充分ですが、さらに効果的な良い方法があります。

このように宣言してみてはいかがでしょう。

『私はこの祈りの結果を受け取ることを決意し、選択します』

さらに感謝の気持ちを付け加えると良いでしょう。

なぜ、受け取る決意を表明するかというと、受け取る準備をしない(できない)人が多いからです。

祈って、望んでおきながら、肝心の結果を受け取らない人が多いのです。

まるで、宝くじで多額の賞金が当選したにも関わらず、受け取りにいかない人のようです。

もしくは、結果を受け取らない人は、自分の事を「受け取るに値しない人間だ」と思い込んでしまっているのでしょうか。

受け取るつもりがないのならば、祈ってはいけません。求めてはいけません。

あなたは人から「欲しい」といわれたものを与えて、その時、与えたその人から嫌な顔をされたらどう感じますか。

真面目な人ほど、受け取る決意が足りない場合が多いです。

大きく望み、喜んで受け取りましょう。

恐れない

祈りの時に避けなければならないものは、『許せない』こと、「憎しみ」のほか、「恐れ」があります。

恐れを伴った祈りは、返って恐れた事を引き寄せ、具現化してしまうのです。

よく陥ってしまう避けるべき祈りは『失う祈り』といわれます。

具体的に言うと『事故に遭いませんように』や『病気になりませんように』という祈り方をしてしまうことです。文章化した祈りで陥りやすいものです。

(ちなみに、映像化した祈りは『失う祈り』になることはほとんどありません)

『失う祈り』になってしまう原因は、単純に、表現の仕方が好ましくないだけです。

事故に遭わないように、病気にならないようにという祈りは、いわば『失いませんように』という祈りです。それは、事故や病気に焦点があてられています。

『得る祈り』をしましょう。具体的には、このように祈ります。

今日も安全でありますように。

健康でありますように。

望む結果は同じで、今度は、安全や健康に焦点が合っています。

お金を失いませんように、と祈るならば、お金を得ますようにと祈りましょう。恋人が離れませんようにと祈るならば、今日も愛し合えるように祈りましょう。失敗しないようにと祈るならば、成功しますようにと祈りましょう。

聖書のヨブ記には、『私の恐れることが私になった』とあるように、祈りに恐れがあると、それが具現化してしまいます。

『得る祈り』を常に行いましょう。

許す方法

あなたの中に、何か許せないものがあると、それは祈りに悪影響を及ぼします。

許せない、という事は癒されない痛みを抱え続ける事であり、そんな状態では感謝が湧き上がるような祈りができるはずがありません。返って、「許せない事」が次々に具現化してしまう可能性すらあります。祈りの具現化作用からすると、当然そうなります。


では、効果的に許すにはどのようにすればいいでしょうか。


許している自分をありありと想像し、その世界に住む祈りをする。それも一つの方法です。

しかし、自分が許している状態を想像することすら苦しい場合もあるでしょう。そういうときは、憎しみの感情、許すという行為でさえも、『手放して下さい』

もう一度言います。

『手放して下さい』

あなたがコントロールしようとしている感情や行為すべてを『手放して下さい』
あなたが許したいと願っていること、憎しみの感情から解放されたいこと。

そして、それを望みつつ、それがあまりに苦しくて、どうしてもできないという事。

あなたが『許そう』と決意したときから始まった、その葛藤と苦しみは、

当然、あなたの内なる神性、愛なる存在には届いています。

そして、あなたが「許す」決意と選択をしたことで、あなたが為すべき責任は果たしました。

あなたは為すべき責任を果たしたのですから、そこから先は、愛なる存在が為すことです。

あなたは充分悩み、苦しみました。それでもなお、あなたは「許す」ことを決意し、選択したのです。

あとは神性なる創造力が働く出番なのです。

あなたは、しばらく「許す」行為から離れ、休む必要があります。傷を癒す必要があります。

時々、憎しみが痛みを伴って表れますが、それは治癒の痛みです。心と魂を安静にし、あとは愛なる存在に任せ手放しましょう。

医者は診断しますが、病気や怪我は、内なる存在が癒すのです。

あなたは果たすべき責任を果たしました。あとは、あなたの内にある、あなたと常に共にある、愛なる存在に任せましょう。

「許す」決意と選択をしたあとは、『手放して』、愛なる存在に任せましょう。

2011年5月24日火曜日

感謝の作用

あなたには、あなたらしい唯一の存在である事を経験することが許され、

そのための、あらゆることは、あなたの内側に既に備わっています。

神は愛であり、常にあなたと共にあるばかりか、あなた自身が神(愛)から分かたれた、いわば分身なのです。

あなたの祈りは叶えられること。何をどのように祈るかは、自由意思に完全に任されていること。

これらを理解したとき、自然と感謝の気持ちが湧き上がる。

感謝は、受け取ることと与えることを同時に表現します。

感謝をすることは、恵みを受け取る宣言であり、また恵みを与えてくれる存在への愛を表明することなのです。

感謝の実感は、完璧な『具現化の発火点』であり、祈りのとき、感謝が湧き上がる場合は、祈りは直ちに具現化するでしょう。

ちなみに霊的世界で創造された存在は、遅かれ早かれ物理世界に具現化しますが、時間差があることが普通です。

これは、いわゆる『具現化の安全余裕』で、悪い祈りが直ぐに具現化しないようにするための、愛なる存在が備えてくれた仕組みなのです。

祈りに慣れるにつれ、この安全余裕は短く狭くなるので、慣れてきたら祈りの内容は注意する必要があります。思わぬ事が具現化しないとも限らないからです。

感謝が湧き上がる祈りは、この『具現化の安全余裕』が、あなたの魂の水準にとっての最小になります。あなたにとって最速のタイミングで具現化します。

感謝が湧き上がるような祈りをしましょう。

遠慮をしない

あなたは祈るとき、遠慮をしていませんか。


どのように何を望んでもいいはずなのに、なぜか遠慮をしてしまう。

いったい誰に遠慮をしているのでしょうか。

あまりに良すぎて、祈れない。そんなことはありません。

私たちは、自ら望むように祈っていいのです。望んでいいのです。

『神はあなたがたの内に、思いを起こさせ』と聖書にあるように、私たちの神性には尊い、創造の欲求があるのです。

それはあなたが『あなたらしい唯一の存在である』ことを経験するための創造なのです。

そして、魂はすべて、進歩、向上、成長を志向します。あなたが『より良く』望むことは当然であり自然なのです。

あなたの内に湧き上がる創造の発現を押し留めてはいけません。

祈りの映像化

心に矛盾を生じさせない祈り方のもうひとつは『祈りの映像化』です。

これは、非常に強力な具現化作用を持ちます。言葉による祈りの具現化作用を1とすると映像化の具現化作用は100といってもいい。そのくらいの差があります。

あなたが望む状態をありありと想像し、その状態を実感して下さい。その世界で呼吸し、匂いをかぎ、耳で聞き、手で触って下さい。
100の言葉で表現するよりも、1の映像のほうが、潜在意識に作用する力が強いのはいうまでもありません。

あなたがこうありたいと望む世界をあなたの内に創造し、その世界に住んでください。それはやがて物理世界に具現化します。

それは、あなたが創造した世界に、あなたが生きるとき、それは実感であり、霊的視点から見れば、それは今、存在していることなのです。

同時に実感はトリガーである『具現化の発火点』となり、ただちに具現化の作用が働きはじめます。

自ら創造した世界に生きることには、矛盾は生じません。なぜならば、あなたは世界を創造した創造主であり、あなたがそこに生きることは、そのまま、その世界を受け入れていることになるからです。

映像化の力がもっとも訓練された人間は、芸術家の人達です。

彼らは、まだ物理世界に存在しないものを想像し、やがてそれは創造され、物理世界に表現されます。

役者が役柄になりきるとき、観客が観るのは、役者ではなく物語の登場人物を観るのです。

役者が夜空を見上げれば、観客はそこに星を観るのです。

このように、映像化の作用は本人のみならず、いわば外部の環境にまで影響します。

あなたも、あなたが望む世界を、あなたの内に創造し、そこに住まいましょう。

もちろん、その世界は、あなたの魂が望む世界であるほうがいいのはいうまでもありません。

祈りの単語化

祈りの強力な作用は、すでに皆さんはご存知です。

ただし、闇雲に祈りの言葉を繰り返すと返って逆効果になってしまう場合があります。これは『努力逆転の法則』と呼ばれます。

これは多くの人が陥るケースです。

幸せを祈っても祈っても、実現しないばかりか、人生が停滞してしまったかのような状況になってしまいます。

これは幸せを祈りつつ、本心は疑っている状態で、潜在意識がどちらを実現すればいいのか分からなくなっている状態です。

これを回避する簡単な方法が『祈りの単語化』、『祈りの映像化』です。これらは祈りの内容と、心に感じる印象に矛盾を生じさせないためのテクニックです。
『祈りの単語化』は、祈りを文章ではなく単語で祈る方法です。『わたしはお金持ちになる』と祈っても、そのたび本心では、『でも無理だよなぁ…』と感じていれば矛盾が生じます。

しかし、ここで、『富』や『裕福』など豊かさを表すキーワードを唱えます。言葉には言霊という、その言葉自体を表現する不思議なパワーがあります。その言霊の作用により、潜在意識に富の印象、裕福さの印象を刻印します。言霊は、純粋で単純な、表現されるパワーなので心に矛盾は発生しません。

聖書に「はじめにことばありき」と書かれているとおりです。

言葉は、それ自体が存在の表現です。あなたが「喜び」と言葉を発したとき、そこには「喜び」という存在が表現されています。目には見えなくても、潜在意識、超意識、霊的な領域には、「喜び」という存在が表現します。(表に現れる)

そこから実際の物理空間に具現化するためには、トリガー(引き金)となる『具現化の発火点』が必要となりますが、後程、詳しく説明します。

まずは、あなたの潜在意識に、心との矛盾を生じさせることなく、好ましい刻印をしましょう。そのひとつが、『祈りの単語化』です。

祈りの力

あなたは祈ったことがありますか。

祈りは非常に強力な作用を人生に及ぼします。

祈りとは、宗教による特別なものではなく、繰り返すことによって、あなたに、ある一定の『習慣思考の定着化』を起こさせる方法なのです。

祈りとは、ある特定の文章を繰り返す儀式ではなく、望ましい習慣思考を定着化させる一つの方法に過ぎません。

祈りとは、あなたが日常、自分自身に語りかけている言葉のことです。

あなたが日常、あなた自身に語りかけている言葉。それはあなたの潜在意識に刻み込まれていき、やがて具現化します。

そこで、一般的な祈りとは、救いや危険からの回避、幸せを願う内容が多いのです。

こういった作用により、繰り返し一定の内容の祈りを繰り返す事は、有効です。

『習慣思考の定着化』のためには繰り返しが必要です。

祈りは、世界に不思議な作用を及ぼします。

こういう経験はありませんか。

頭で考えても一向に解決策が見つからず、かといって誰が悪いのでもない。もちろん自分にも非がないし、これ以上は、何もしようがないとき。

自分をとりまく環境のせいでもなく、他人のせいでもなく、もちろん自分のせいでもない。

なんともしようのない、八方塞がりのとき。

心を静めて、解決を祈りましょう。

不安がよぎるたびに、閉塞感を感じるたびに、解決を祈りましょう。

あなたの内なる神性の力は思いもよらない、完璧な方法で解決してくれます。

その時、傷つく人は誰もなく、何事もなかったかのような平安が訪れます。

祈りの強力な作用を活用しましょう。

2011年5月23日月曜日

潜在意識と超意識と神性

わたしたちには自ら意識できない領域である『潜在意識』が意識下に存在します。

これは生まれたときから、一分一秒休まず、あなたが受け入れてきたことを、全てもらさず記憶しています。まさに刻み付けています。これは、打ち消すことは不可能です。

(打ち消すことはできませんが、新しい刻印で上書きは可能です)

あなたが望んで受け入れたことも、望まずに受け入れたことも、潜在意識に刻み込まれます。

そしてそれは、しかるべき時に、しかるべき方法で、現世に具現化します。

小さい頃、親に、「そんなことしたら、幸せになれませんよ」と言われた子供。子供にとって親の言葉は「絶対の預言」のようなものです。このとき親の言葉には「期限」が設けられていませんが、子供には「幸せになれない」漠然とした不安が常に付きまといます。

そのうち、「幸せになれない」という考えが、自分の考えだと認識してしまう場合すらあります(習慣思考の定着化)。

もともとは他人から与えられた考え方なのに、そういった考え方を習慣化するうちに、以前からの自分の考え方であった、と入れ換わってしまうのです。


潜在意識に刻まれた考えは、具現化します。

この子供は人生のある時点で、「あぁ、自分はやっぱり幸せになれないんだ」と実感します。この、『具現化の発火点』によって、その瞬間、潜在意識は、具現化し始めます。その子にとって、「幸せにはなれない」事が真実であると確信できるような事柄が次々に具現化します。


この『具現化の発火点』は、『習慣思考』を実感をもって受け入れたタイミングに起こります。


上手に利用する方法も、もちろん、あります。この例でいくと、親から「あなたは絶対、幸せになれるから大丈夫」と言われたとします。

その子供は人生のある時点で、「やっぱり自分は幸せだなぁ」と実感したとき、「具現化の発火」が起き、それから次々に、自分は幸せになれると確信できるような事が起こり始めます。
聖書に「富めるものはますます富み、貧しいものは、その持つべきものまで取られる」とあるとおりです。

潜在意識の、この具現化の作用は、潜在意識のさらに深い領域に超意識と呼ばれる時間、空間、場所を超越した領域があり、さらに深い領域には、神の領域ともいうべき神性があり、その神性の創造力の作用です。

私たちは神から分かたれた存在であり、神性を深い領域に持ち、個々の魂は超意識によってつながり、魂を共有しています。

そして、神は愛です。

2011年5月20日金曜日

愛を表現する

あらゆるすべてのものは、たった1つの『愛』という存在(エネルギー)が変化したものです。

あなたの人生の目的は、『あなたらしい唯一の存在である事を経験する』ということはすでに説明しました。

もうひとつ、あなたの人生にとって大切な事があります。

それは愛を表現することです。

実は、厳密に言うと、これは魂の目的ではありません。

ですから、愛の表現はしてもしなくてもいいです。それぞれの自由意思に任されています。


ですので、愛の表現をしたくないなら、しなくてもいいのです。

しかし

絶対にやったほうがいいです。


なぜかというと


最初に言ったことを思い出して下さい。

わたしたちは愛の変化した存在なのです。

その私たちが愛を表現するということは、とりもなおさず、自分自身を表現することなのです。

そして愛の美しさ、暖かさ、優しさ、心地よさ、気持ちよさ

それを感じることです。

それをしたくないというならば、自由意思の原理から言って、別に強制されることではありませんので


したくないならば、しなくてもいいです。

でも、せっかく与えられた恵みなのですから

惜しみ無く愛し合い、愛を表現し、愛を与え、愛を受けとりましょう。


愛することに、罪はありません。

魂の目標を思い出す

魂の目標=あなたらしい唯一の存在であることを経験する=幸せだと、すでに話しました。

それでは、あなた自身の魂の目標を知るためにはどうすればいいのでしょうか。少し考えてみてください。

答えは

何もしなくていいのです。


より正確に言うと、思い出すだけでいいんです。


霊的に鋭敏な方は、お分かりのはずです。


あなたは本来、あなたらしい唯一の存在だった


そして、あなたらしく唯一の存在というものを経験せんと欲し、あえて、そうでないものとなった。


もともと、本来は、あなたは『あなたらしい唯一の存在』だったのですから、その姿を思い出すだけでいいのです。

何も『する』必要などありません。あえてあるとすれば『思い出す』、『本来の姿になる』ことです。

とはいっても、どのようにすれば思い出すのか、分からない方も多いです。


わかります。私もそうでした。

でも、ご心配なく。


本来、世界は恵み深く、愛に満ちているものなのです。私たちが自分を取り戻せるように仕組みと機会を、ちゃんと与えてくれています。


たった1つの基準を満たせば、分かるようになっています。それが、あなたの魂の目標に一致したものであるか、『明確に』判断させてくれるのです。

その基準とは。


あなたが何かをしていて、それが時間を忘れるくらい没頭できるもの、ドキドキ、ワクワクできるもの、終わったあとに充足感を得られるもの、気がつけば知らずにやってしまったり、いつまでも興味が失せないもの。

霊的な言葉で言うと、『魂が振動する。』


いわゆる波動の振動が細かくなり、振動数が上がると表現される状態。


俗にいうと、魂が打ち震える、というものです。

つまり、あなたが何かをする

誰かと会う

触れ合う

どこかの場所行く


そういうときに、魂が打ち震えるようであれば、それは魂の目標=本来のあなた、に一致、少なくとも関連する何かです。これは断言できます。


もう一度言いますが、断言します。断言できるんです。

だってそうですよね?


愛に満ちた世界が、愛するあなたのために、本来のあなたを存分に経験できるように備えた仕組みなんです。


当然、魂の興奮というか、霊的な高揚というか、

気持ちが良くて当たり前なんです。

愛に満ちた存在が、愛するあなたのために、本来のあなたを取り戻すために、あなたが気持ち悪くなるような

苦しいような、辛いような目に遭わせる仕組みにするはずがありませんよね。

あなたの、嬉しい、楽しい、明るい、気持ちいい、安らぐ、というのは

魂の目標に一致していることを判断させてくれる基準、もっと言えばセンサーなんです。

あなたの魂が打ち震えるときはどんな時ですか?

過去も振り返って、『思い出してみてください』

鋭敏な感覚と魂を持つ人達

働くことができるのに定職につかない『ニート』と呼ばれる人たちがいます。


彼らは魂の感覚に鋭敏な人達で、彼らの周り、社会が求める生き方と

彼らの魂の目標とする生き方が一致しないために

どのように生きていいのか分からず矛盾を抱えてしまっているのです。

彼らは必ずしも『なまけもの』というわけではなく

むしろ鋭敏な感覚を持つがゆえに、矛盾に耐えられない繊細な魂をもっているのです。


ある程度鈍感なほうが、魂の目標と現在の生き方との矛盾を抱えても、やり過ごすことができるのです。

(なんとなく悶々とした日々を過ごすことになりますが)


鋭敏な魂の感覚をもつ彼らは、新しい時代を認識できる人達です。


今までの社会、世界に疑問を持ち、より良い選択は何か、『感覚的に』理解できる人達です。

そして、より良い選択とは何かというと、


必ずしも新しいものでは無いばかりが、むしろ原点に戻るような選択であったりします。

私たちは、いったん私たちらしくない時代を自ら創造し、それを経験したあと、本来の姿に還って行きます。


彼らはそれが感覚的に分かっている人達なのです。

目標を正しく認識する

あなたがもし、幸せを感じられていないなら、それは目標を間違えているのかもしれません。

すでにご存知のように、魂の目的は『自分らしい唯一の存在になること』です。


(…実は、命は、存在そのものが初めから唯一の存在なのですが、それを自覚できる人は非常に少ない。)


あなたの今、目指している目標が社会的な成功だとします。


あなたの本来の姿が『社会的に成功する存在』であれば、そういう存在であり、それが自分にふさわしいと断言し、認識、理解、自覚した時点で、遅かれ早かれそうなります。


なぜなら、それがあなたの魂の目標と合致するからです。


しかし、魂の目標が、『一人でも多くの人に尽くす』であるならば、もしかしたら、お金を貰わないボランティアが一番あなたの魂に合うのかもしれません。


女性であれば、裕福な男性と結婚したい、という目標もあるかもしれません。

しかし、あなたの魂の目標からみると、『限られた家計を賢く効率的にやりくりして夫を助ける』ことが、一番あなたらしいことであったりするのです。


魂の目標と一致した生き方を思い出すことが、あなたらしく生きる=幸せになる方法なのです。

大前提

男と女、光と闇、黒と白。世界には、対比する要素が存在します。陰陽とも言われます。

霊と肉。

意識と無意識。

そして無意識の中に、集合的無意識と、神性とも言うべき領域があります。

そして、それらは、性質が異なるように見えますが、ある一つの存在が形を変えただけのものです。

それは、「愛」です。

まずは、深呼吸して、それから、これをそのまま受け入れてください。

次に、魂の目的です。

魂の目的は「経験」です。

その経験は、究極を言うと、「自分自身が何者であるかを知る経験」です。

これもまた、深呼吸をして、その後、ひとまずは無条件に受け入れてください。

あなたは、どこかを目指すというよりは、

あなたは、あなた自身がどういう存在であるのかを、思い出すことを目指しているんです。

少なくとも、魂のレベルではそうです。

というわけで、あなたの魂の究極目標は、「成長する」というよりは、「本来の自分自身を取り戻す」ことにあるのです。

なぜ、思い出す必要があるのかを説明します。


神という表現を用います。神は純粋な愛なのですが、ここからは、神という表現をします。

神は(愛は)唯一の存在でありました。しかし、唯一の存在であるためには、そうでない存在が必要でした。

唯一であるために、唯一でないものを創り出します。

光はそれだけでは、存在できません。存在するために、自身と正反対の存在、闇を作りました。

あなたは、本来、あなたらしい唯一の存在だったのですが、あなたらしい唯一の存在であることを理解するために、そうでない存在となったのです。


あなたらしくない存在とならなければ、「あなたらしい唯一の存在」が成り立たないためです。

もう一度、深呼吸して、大前提を無条件に受け入れてください。

陰陽。正反対の存在。相克。

世界のすべてのものは、「愛」という唯一の存在が形を変えたもの。

あなたは、どこかの誰かになろうとしているのではなく、あなたらしい唯一の存在であることを理解、経験するために、この世に来た。



受け入れましょう。